2011-04-04

4/3 福島へ。。

週末、両親と荷物をとりに福島に帰省してきました。 東北道も、ひび割れの跡がたくさん残っていて、災害派遣の自衛隊の車が行き交っていました。実家のある須賀川市は海から離れていて原発からも離れていますが、建物の崩壊の為通行止めになっている道路もあり、電柱は傾き、マンホールは飛び出し、通り沿いの家々も、全体が傾いていたり、一部が崩れている家が多く、「危険」の赤い紙がたくさん貼られていました。滞在中も余震で揺れを感じました。ここかしこで、重機の音が聞こえ、建物の取り壊しなども行われていて、復興に向けて動き出している感じですが、変わり果てたふるさとの町の景色に、心が痛みました。実際にこの震災の被害を目にし、地震や津波で大切なものを数多く失ってしまった人たちが、この厳しい現実を受け止めて行かなければならない気もちを思うと、かける言葉も見つからない思いになりました。福島県は、地震、津波の被害にくわえて、原発の問題が今も全く先のわからない状態で、この先も放射性物質が漁業や、農業に与える影響もとても心配です。ネガティブなことばかり言ってられないし、私がつらくなっても仕方ないのですが、一人の日本人として、私もこの重大な出来事をしっかり受け止め、記憶に残して行きたいと思っています。